2013年インド帰郷10 信仰よりも必要なもの

                  
2013年1月1日

朝6時発。3時間のドライブで、バンガロール郊外にあるチベット難民キャンプへ。

ここは中国の侵略を受けたチベット難民が、インド政府から与えられた土地。

ネパールやインドには難民キャンプがたくさんある。このキャンプには2万5千人のチベット人と、7千人の僧が暮らしている(かなりの比率である)。

三十代半ばのチベット僧に案内してもらう。ネパール出身。この地に来て十七年目。

二〇年にわたる修行の途中なんだとか。修了するとゲシと呼ばれる(PhD博士号相当)の資格が与えられる。

寺院に参拝すると、大日如来や薬師如来といった日本でもおなじみの仏たちが祀られている。


輪廻転生を信じること、ヴィパッサナー瞑想とサマタ瞑想をやる点は、テーラワーダ仏教と通じる。

ただ、チベット仏教が崇拝する“16人の阿羅漢(アラハン=いろんな意味で使われるけど平たくいえば涅槃に達した聖者)”の中には在家もいる。

(テーラワーダでは、“アラハン=(イコール)比丘限定”という決まりがある。もし在家のままでアラハンに達したら、“一週間以内に得度しないと死ぬ”という丁寧な“脅し”が注釈にある。悟りをあくまで比丘に限定したいのだ。しかもスリランカでは”コナガマナ”と呼ばれるバラモン・カーストしか比丘になれない。)

ごく一部だが、性的儀式を密かに行うタントラヤーナ仏教というのも現存しているらしい。でもこれは、悟りへの修行をすべて終えてから取り組むべき最終最高の修行なんだそうだ(ムリありすぎる位置づけのような気がするが……)。

この難民キャンプのお坊さんたちは、最近まで畑仕事も自分たちでやって自給自足していたという。今はダライラマ法王の活躍もあって世界中から支援が集まる。だから農作業はやらなくなったとか。

彼は、ここ20年、朝夕の読経を欠かしたことはない。

経典は108ある(煩悩の数ではないらしい)。一人前の僧になるための試験では、その経典の一つ一つを正確に暗記してその意味を問われるそうだ。

その試験の厳しさは「実際に見たら驚きますよ」というくらい。

特別に、僧院でチベット仏教のお経を称えてもらった。低くおごそかに、つぶやくようにささやくように声がつづく。

ひとの声というのは、聞くだけで癒されるもの。だからこそ読経というのは、意味がわからなくてもどの地でも人気なのだろう。



文化大革命を指導した毛沢東の一家は仏教徒だったそうだ。その息子だけが仏教ほかの宗教を弾圧した(事実だとすると、人間は恐ろしいことを考えるものだ。自分ひとりの考えで何億もの人間の心をコントロールしよう・できると思ってしまうのだから)。

「ここまで弾圧されても武器はとらないの?」と聞いてみる。

「オフコース」と即答――。

彼の真摯な修行生活には感銘を受けた。けれども、ただ迷いなく闘いを否定するその姿には、一抹考えるところがあった。

たしかに仏教は殺生を禁じるし、慈しみに基づいて一切の闘いを放棄する。

もちろんそれは真理のひとつには相違いなかろうが、しかしそれは出家の倫理、宗教の領域内における真理である。

その真理を、この暴力に満ちた現実の世界にそのまま適用してしまっていいのかどうか。ひとつの真理はそのまま異なる領域にもダイレクトに通用するものなのか。通用させてしまうことが、“論理的”なのか――私はそういうところを考える。

少なくとも、闘いを否定すること・怒らないことを、現実のこの世界に適用しようとするときに、ワンクッションの思考――ためらい――があっていいような気がする。

出家が、つまりは世俗から離れた者が闘いを否定することは簡単だ。

しかし俗の現実を生きる人間が闘いを否定してしまったらどうなるか――簡単に虐殺が始まり、支配され、蹂躙されてしまう。

チベットの人々は、かつてイギリス軍の侵攻に対して、護魔符を身につけ、再生を信じて、石や刀という武器というにはあまりに無能すぎる道具をかまえて突進していって、砲弾の嵐を受けてあっけなく殺されてしまった。植民地時代に最後に残っていた帝国未踏の秘境は、簡単に支配されてしまった。

そして20世紀に入っては中国軍に侵略された。今に至ってもなお、チベットの人々は、抵抗のすべとして焼身自殺をして見せる。そのうち自殺して見せる僧さえいなくなるだろう。


その姿は――本当に、合理的なのか? 


輪廻信仰+(プラス)不殺生(非暴力)=(イコール)現実の前になすすべもなく打ちのめされる非力さ、という図式はないだろうか。これは表層的な見方だろうか。

少なくとも、信仰と、現実を生き延びるというテーマとの間には、もう一本線を引いたほうが正しくはないか――なんだかそんな感想が頭をよぎるのである。

輪廻というのは、厄介な信仰だ――というのが、私の正直な感想である。


ビルマでは、輪廻を信じるがゆえに、人々は貧しい中で寺院・僧たちに布施を積んだり仏塔を建てたりして、闘わずに、怒らずに、瞑想して心の浄化に努めるという風習を守っていた。

今ビルマで進んでいる民主化は、棚ぼたみたいなもので、仏教のおかげではない。ビルマ人が仏教を信仰していたから今の動きになった、という論理はまったく成り立たない。

仏教は、現実を変える点ではつねに無力だった気がしてならない。今考えるべき問題は、現実を変えるにかくも無力だった仏教が、本当に正しいのか、人々を幸せにするものなのか、ということではないのか。

以前ネパールを旅したとき、そして今回のチベット難民キャンプ訪問で感じたことだが、彼の地の人々の表情は、どこかしら無気力で、明るく前向きな顔を見かけない。

気のせいだろうか。ただ、かくも輪廻というのものをかたくなに信じ込んで、5人に1人はただマントラを唱えつづける僧たち(その比率は数ある仏教国の中でも抜群に高い)という社会において、人々は一体どのような希望を持ちうるというのだろう。

希望とは、何も望ましい未来や来世を思い描いて喜びを感じることだけではない。人生・職業を選べること、現実を改善する可能性があること、世の中のありかたを決定できること――

こうした今すぐにでも実現できるはずのことは、みな希望になりうるのである。

しかし彼の地の仏教は、これらの希望をはなから放棄し、そのかわりに輪廻に希望を託する。そうした信仰が根づいた世の中というのは、失望・無力そして閉塞につながりやすいのではないだろうか。


仏教徒にとって決定的に問題なのは、輪廻というのは、そもそもゴータマ・ブッダ(釈尊)が説いた思想とはまったく別物の可能性があるということだ。

しかしその可能性が問われることは、この地ではない。ビルマでもスリランカでも無いであろう。

はて、そのような現実が正しいものか。

仏教とは、ブッダすなわち“目覚めた人”の教えである。それが、本当に、輪廻といった人間の妄想に都合のいい(思いつきやすい)物語と合致するものなのか――。

輪廻というのは、じつに厄介な思想である。このような思想を前提にする限り、人々は現実を変えようとは心底からは発想しないだろう。苦しみは、この現実の一度きりの人生の中でこそ解決し、乗り越えるべきものなのだ、という集中はなかなか生まれてこないだろうと思う。

そのことによって、得する者とは誰なのか。比丘・長老たち? 武力にモノを言わせて支配・蹂躙し続ける強国の為政者たち?

インドで輪廻を説いたのはバラモンたちである。彼らは輪廻を自らの優越性を裏づける道具とし、人々に闘いをあきらめさせる信仰として利用した。

かくして三千年もの間、バラモンたちはインド社会を支配してきた。


あらゆる思想は、必ず、誰かの利益に働いている。その利益が、力なき者・貧しき者・救いを求めている者たちの側にあるのならばいい。だが、その利益が、逆サイドの人間たちにあるとしたら――そのような思想は、採るべきではない。

もとより、輪廻など、誰も現実に確かめえたことなど一度もないはずなのだ。

輪廻を真理として説く者たちよ――あなたたちは一体、いつ、どうやって、その存在を確かめたのか?

この欺瞞(ごまかし)は、ブッダの教えにまぎれこんで、今や仏教そのものとして信じられてしまっている現実がある。

ブッダという天才と、“ブッダの教え”として実に安易に妄想を語る後代の僧たちの凡庸さとの間には、計り知れない隔絶があるように思える。


そんなことをつらつらと思ったのはあとの話で、キャンプの中を回っている最中は、ガイド役のお坊さんの話をありがたく聞いた。お礼にお布施も差し上げた。

仏者同士、助け合わねばと思う。こういうときには、とにかく一生懸命聞くにかぎる。ひとつ新しい友情が生まれた。今度来たら、僧院に泊まってもらっていいと言う。


信仰というのは、尊いものだ。

だが非合理をも内在している。


私は信仰を否定することなく、その信仰の萌芽・礎(いしずえ)となるような、まがいなき本質部分の伝達につとめることにしよう。それがこの命の役割なのであろう。

現実をみよう。そして愛(慈悲)をもって考え続けよう。

俗世から離れた人生への憧憬は今もある
だが世俗の人々と同じように傷つきうる場所にいなければ
フェアとは言えないだろう?